ogasan101’s diary

ogasan101です。このブログでは、映像制作についてのワンポイントアドバイスと私の住む川口や大好きなロサンゼルスの情報などを発信していきます。

映像制作って難しい?簡単?

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私は、テレビ番組の制作がしたくて、映像制作のノウハウを覚えました。

しかし、専門学校や大学で映像の勉強をしたわけではありません。

アシスタント時代に、先輩から教わったり、自分で色々と技をみて盗んだり

今思えば大変だったのかもしれないけど、ずっとやってきてよかったなと思います。

そこで得られた技術を、今度は他の人たちに伝えていきたいのが、今の思いです。

娘が保育園を卒園するとき、記念のDVD映像を作りました。

これが結構楽しくて、気合を入れて作ったのですが、思いの外作業に時間がかかって

しまいました。

この映像は謝恩会の目玉企画として、父兄の期待も大きかったのですが、

作業の過程でミスをしてしまい、一部音声が出ないという事態に!

徹夜して作業したにも関わらず、ミスってしまい、非常に落ち込みました。

なんとか挽回しようと、さらに徹夜をして作成。

最終的には全員にDVDとして配りました。

後日、ある父兄から、「涙が出ちゃった」と言われた時、本当によかったと

ほっと胸を撫で下ろしました。

普段、テレビ番組を制作していると、視聴率という数字は出ますが、見た人

一人一人の反応というのはわかりません。

保育園のDVDのような、実際に見た人から良い反応をもらえると本当に嬉しいです。

今後はテレビ番組だけでなく、こういう喜ぶ顔が見える映像を制作していきたいです。

 

 

 

 

 

映像制作3つのポイント

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映像制作には私の経験では、3つのポイントがあります。

1つ目は、視聴者目線。

誰に見てもらうかでその作品の内容や撮影方法などが決まってきます。

例えば、子供の運動会。

自分の子供を撮影するのは当たり前ですが、誰が見るかを考えて撮影すると

ちょっと違ってくると思います。

子供が運動会が終わった後、家族でそのビデオを見るならば、子供だけでなく

運動会の演目がわかるような映像を記録しておかないと、

子供は納得しないと思います。

一方、遠く離れた家族(祖父祖母など)であれば、

演目など関係なく、子供だけがたくさん撮影されていた方がいいと思います。

そのように、誰が見るかを意識して撮影すると良いと思います。

2つ目は、正しい情報。

テレビの場合、影響力が大きいので、間違いがあると番組内で訂正を入れたりします。

たまに情報番組などの生放送では見たことがある方もいると思います。

映像制作では、正しい情報を伝えることは最重要課題です。

この映像はどこの場所で撮影したのががわかるシーンや、食べ物なら

そのメニュー全体の映像、温かいものなら湯気などが写っていると

美味しそうに見えます。

3つ目は、わかりやすさ。

よくテレビ番組ではテロップという字幕があり、番組の内容を

わかりやすくしていると思います。

中には情報量が多すぎると感じることもあるかも知れませんが、

あのテロップ一つにしても、フォントや色使いなど、色々なことを

考えて作っています。

私たちが普段ビデオを撮影するときも、撮影する被写体がわかりやすくなるよう

考えて撮影するといいと思います。

例えば、一見何かわからないものを撮影する場合、カメラに向かって

「○○ですよ」みたいに音声を入れておくのも一つの方法です。

明日は、撮影のテクニックを少し説明したいと思います。

 

 

 

仕事って楽しい?

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大学を卒業してから、20年以上番組制作の仕事に携わってきました。

最初の頃(AD時代)は本当にきつくて、やめようと思ったことは数知れず。

先輩のいびりから、何日も家に帰れない日々。

今度は何日も寝られない日々。など辛い思い出をあげれば数限りなく思い出されます。

しかしながら、楽しいこともたくさんありました。

以前お話ししたように、憧れの女優さんと一緒に仕事ができたことは

本当にこの仕事をやっていて良かったと思う瞬間でしたが、

そのほかにも、普段行けないところにいけるというのは、旅行好きの私としては

非常に楽しい思い出です。

例えば、グアテマラエルサルバドルにロケで行きました。

ロケがなければ、その国の場所さえわからないようなところでしたが、

空が綺麗で、海が綺麗で、美人が多かったことを覚えています。

あとは、カツオの一本釣りの船に乗ったことです。

漁師でもない限り、カツオの一本釣りの船は乗らないと思います。

船が尋常じゃないぐらい揺れて、沈没するんじゃないかと何度も思って

船長にも「大丈夫ですが?」と何度も聞いたのに

船長はみかんを食べながら「大丈夫だ!」と言っていたのを今でも思い出します。

また、船に乗っている間は、お風呂もシャワーもなし、

1週間の航海の後、港に戻って、漁師さんたちと一緒にお風呂に入ったのも

よく覚えています。

そんな貴重な経験をできるこの仕事が私は大好きです。

明日は、ちょっと趣向を変えて、

映像制作に必要な3つのポイントについて書きます。

 

ふれあい川口

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私は今埼玉県の川口というところに住んでいます。

もともと生まれも育ちも埼玉で、埼玉県が大好き。

出身は西武ライオンズ山田うどんで有名な所沢です。

結婚した時に川口に住み始めたのですが、比較的都心にも近く自然もあるので、

生活、子育てにいい街だと思います。

そんな川口に住んで、10年以上経ちましたが、

去年から川口市の広報番組の制作に携わっています。

「ふれあい川口」という番組で、市役所のホームページで見られます。

番組制作の仕事というのは、普段行けないところや食べられないものを

取材を通じて経験できるというメリットがあります。

川口市というのはかなり広いのですが、今まで住んでいながらあまり

街歩き的なことをしたことがありませんでした。

それが、ふとしたきっかけで広報番組の制作の話をジェイコムさんから頂き

番組制作を通して、自分たちの住む川口の再発見ができて

毎回楽しいです。特に去年の後半からシリーズで続けている

散歩コースの企画は毎回、そのコースを歩きながら、取材先を探すのですが、

知らない場所ばかりで、本当に楽しいです。

最近は川口でも郊外のエリアのコースで、畑や自然なども紹介したり

お土産品を紹介したり、地元の産業を紹介したりと

この歳になって、社会科見学的な勉強もできて、テンションが上がっています。

明日は、番組制作の魅力について詳しく書きたいと思います。

 

 

 

 

 

テレビ番組を作るという仕事

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私は、普段テレビ番組制作という仕事をしています。

きっかけというか、なぜテレビの世界に入ったかというと、

学生時代、好きなドラマがあり、そのドラマに出ていた当時の女優さんが大好きで

その人に合う仕事は何かと考えたら、テレビ番組制作しかないだろうと思い、

必死に就職活動をして、ようやく就職しました。

最初は右も左もわからず、本当に使えない社員だったと思います。

(今でも使える人がどうかわかりませんが)

テレビの業界にいる人はとても個性的な人が多く、

自分も含めてですが、普通のサラリーマンだったらやっていけなかっただろうな

と感じることが多いです。

具体的に何かと言われると説明が難しいのですが。

最初はADを5年ぐらいやりました。

その時に、憧れの女優さんと一緒に仕事ができました。

入社して5年目でもう目標が達成してしまったわけでしたが、

次なる目標、一人前のテレビマンになることは

まだまだできているかどうかわかりません。

転機となったのは29歳の時、朝の情報番組に配属されたことです。

日本テレビの看板番組の一つ、ズームインを担当させていただくことになり、

ここでディレクターとしての修行をたくさんさせてもらいました。

海外ロケや特集コーナー、生放送のスピーディーな動きなど

6年半担当しましたが、ディレクターとしてのベースになったことは間違いないです。

また一緒に仕事をした仲間、後輩たちはみんな偉くなったり、

大きな仕事を任されるようになったりと

本当にいい番組を担当させてもらったなと思います。

その経験を生かして、アメリカでも仕事したし、

帰国後は、NHKをはじめとする他の局の仕事もやることができたのは

ズーム時代があったからだなーとしみじみ感じます。

今制作している番組の中で、非常に為になっている番組があります。

明日はその話を書きます。

 

 

人生を大きく変えるアメリカ生活

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アメリカでの生活は、その後の人生を大きく変えました。

もちろん初めての海外で、英語もそんなに得意だったわけではなく

留学もしたことがなかったので、本当に手探りでした。

幸い職場の人たちが、英語のできない私をサポートしてくれて、

また現地でできた日本人の友人も私たち夫婦をサポートしてくれました。

しかしながら、どうしても仕事が忙しく、

夫婦二人で楽しいアメリカ生活を過ごせたかというと微妙です。

ロサンゼルスが移民が多いので、日本人がいてもあまり差別みたいなものは

感じることがなく、声をかけてくるアメリカ人もいました。

うまく一言では言い表せませんが、そういうアメリカ人たちを見ていて

自分がちっぽけだと感じることが多かったです。

現地に住む日本人も成功した人もいれば、アメリカで頑張ろうと

歯を食いしばりながら頑張る人、色々な人を見ました。

アメリカでは本当に尊敬する人、目標にする人にも出会いました。

そういう体験が、すごくプラスになったなあと思います。

できることなら再びアメリカで生活したいし、子供をアメリカの学校に

行かせたいと思います。

それが今の一番の目標であり夢です。

明日は、仕事について書きます。

 

 

 

 

 

 

アメリカに行ったきっかけ

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 アメリカに行ったのは11年前、2006年の10月です。

当時、妻と結婚し、仕事も順調で朝の情報番組のディレクターとして

楽しく仕事をしていました。

ただ、本当にこのままでいいのかなという漠然とした悩みがありました。

学生時代、留学することに憧れていましたが、それは叶わず就職。

就職した後は、まとまった休みの時に、一人で海外旅行をしていました。

結婚後も、オーストラリアやタイへ旅行にいきました。

ある日、妻に「海外に住むならどこがいい?」と聞いたところ、

「アメリカだったらいいかな」という話をしていました。

学生時代の友人がサンフランシスコに住んでいたことを思い出した私は

友人を訪ねるついでに、海外生活特にアメリカの生活とはどんなものなのか

聞くことにしました。

友人のところに遊びに行ったのは2006年2月。

妻は休みが取れなかったため、一人で行きました。

その時、あるリサーチをしていました。果たして仕事はあるのか?

そこで、一つの会社を見つけました。ロサンゼルスの日本語放送局です。

そこにもアポイントをとって、友人を訪ねた後、ロサンゼルスに足を伸ばして

訪ねることにしました。

友人宅は快適で、アメリカ生活も悪くないなと感じました。

その後、日本語放送局を訪ねて話を聞くと、

「ぜひここで働いて欲しい」と言われました。

騙されたと思って、慌てて友人に連絡。友人に事情を話すと

アメリカは日本人が生活するためにはビザが必要だということ、

そのサポートをしてくれるかどうかが重要だということがわかりました。

その会社にビザのことを聞いてみると、

サポートどころか、弁護士まで紹介してくれ、弁護士のアポイントまで

手配してくれました。

妻にも事情を説明したところ

「楽しそう!いいんじゃない」と軽い返事が。

ただし、ビザが取れるまで半年ぐらいかかるということがわかり、

ビザが取得できたら、アメリカに移住することに決めました。

そして半年後、無事にビザを取得しアメリカ・ロサンゼルスの地を

踏むことができました。

当時の生活はどうだったか?は明日のブログで説明します。